スピリチュアルな世界はファンタジー。 そこに生命の真実があります

「許し」の裏にあるもの

昨日の記事の補足、というか

更に深い話です。

 

私はトランス状態に入ったある日、ショッキング

なシーンを見たことがありました。

 

それは、北欧の古い時代でした。

ある小さな村に、ひとりの巫女(シャーマン)が

いて、神託を告げ、村を平和に豊かにする事に

努めていました。

ところがある日、自然災害(火災)が発生し、

村の半分が燃える程の大惨事になってしまったのです。

家族を失った村人は嘆き悲しみ、巫女に対して

「あんたの言う通り森や天の神様を崇めてきたのに

なんでこんなことに?何故ひどい仕打ちをする!?

こうなったのはあんたのせいだ!!」

逆上した男性が怒声を浴びせ、巫女を突き倒しました。

村の人々の悲しみが大きな怒りとなり、

その矛先が巫女に向けられました。

巫女は後ろ手に縄で縛られ、切り立つ山の方へと

連れて行かれました。

彼女は既に覚悟していたのでしょう。

村人の憎しみを受けながらも、心を乱すことなく、

ただただ彼女は自分の死を受け入れていました。

そして、深い谷へと落とされたのです。

 

私はこのシーンを見て、彼女の役目を知りました。

何をされても、疑われても、一言も反論しなかった

のは、彼女が村人を心から愛していたのだと。

 

そして彼女は「死」を恐れていませんでした。

何故なら「死ぬことが、終わりではない」という

事を知っていたからです。

 

彼女が村人を恨みながら死んだのなら、

お互いに学ぶことなく、得ることもなく、

また同じカルマが繰り返されたでしょう。

数年間経っても、村人は果たして彼女を

憎しみ恨み続けていたのでしょうか。

私はそうではないと思います。

 

私は時々ジャンヌダルクやイエスキリストの事を

思い出します。「死」という結末はインパクトが

強いので、子供の頃、なぜこんな目にあったのだろう?

と何度も疑問に思っていたのですが、ある日

その答えが見つかりました。

 

愛を持って死ぬという事は、

後世の人々に大きな影響を与えます。

 

そして愛を持って「許す」ことが出来れば、

お互いに大きな癒しが起き、許し合うことで

傷つけ合う連鎖が止まり、慈悲と思いやり

のある菩薩の世界へ進んでいける、と

気付いたのです。

 

世の中の人が、そのような心になったなら

素晴らしい世界になりますよね。

かなり理想論ですが。

 

ただ、私達はそれが出来る人間ですから、

この世に生まれて来ている、

そう私は思っています。