た。
前夜に仕事の関係でこちら方面へ行く予
定だったので、(そうだ、近くに神社と
かないかな)と思い、探してみたところ
豊川稲荷を発見!
まだ行ったことがなかったのでちょうど
良かっです。
名前だけは知っていましたが、未だ
こちらも伺ったことがありません。
寺院なので神社ではないんですね。
この2,3日夜に瞑想をしていると、今ま
で会ったことがない天女みたいな女神が
毎回出て来ていたので、(誰だろう?)
と思っていたのですが、今回伺って分か
りました!
そういうわけで、仕事のついでではなく
どうやら豊川稲荷に呼ばれていたようで
す。
豊川稲荷の鎮守は
豊川ダ枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)
(あ、ダキニ天だったのか。)
最近瞑想で度々現れていたのは、こちらの
ダキニ眞天でした。
これまでダキニ天はご挨拶したことがなか
っただけにピンと来なかったわけですが、
私の前に現れた時は、写真のような渦巻く
雲の上に乗られ、(狐ははっきり確認でき
ませんでした)強烈な光を放つ剣と稲のよ
うな物を持ち、神々しく輝いたお姿でした。
ちょうど目の前に剣を降ろされたように
剣を間近で見たのが印象的でした。
後でHPを確認したところ、
稲穂を持って白い狐に跨っておられていた
ことから、いつしか「豐川稲荷」として
広まったそうです。
江戸時代、あの大岡越前守忠相公が日常信仰
されていた豊川稲荷のご分霊をお祀りしてお
ら信仰を集め、その信仰は江戸の庶民だけで
なく全国に信仰が広まりました。
(HPより一部抜粋)
<ダキニ天とは>
インドのダキニ天は、インドの女神カーリー
の侍女で敵の人肉を喰らう夜叉女(魔女)
として恐れられていました。
ある日、大日如来の霊力に心服して善神
(羅刹女)となり、大黒天の眷属になりま
した。
ダキニ天は6ヶ月前に人の死を知り、死ぬ
まではその人を加護し、死の直後に心臓を
とってこれを食べるのだと。人間の心臓に
は「人黄」という生命力の源があり、それ
が荼枳尼の呪力の元となっているそうで。
仏教に帰依しても(結局人を食べるんかい)
と思いましたが・・・(;''∀'')
ダキニ天が日本に伝わり、平安時代中期
には「剣と宝珠などを持った女神が白狐
に跨る姿」で表現されるようになり、狐
のご縁で、鎌倉中期頃からは神道系の稲
荷神と仏教のダキニ天の神仏両系の稲荷
が習合するようになったようです。
稲荷神は2つ(穀物、豊穣の神様)
神道系の稲荷神
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)
または
倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
仏教系の稲荷神
荼枳尼天(だきにてん)
狐に乗るダキニ天は中世の日本で生み
出された姿であり、インド・中国撰述
の密教経典・儀軌には存在しないそう
です。
さて、本殿へと進みます。
右手に手水舎があります。
幸いなことに人払いが起きて、初参拝という
こともあり、しっかりご挨拶とワークをさせ
て頂くことができました。
境内を改めて見ると、大黒天の傍に大きな
イチョウがあり綺麗でした。
境内は広いのですが、少し歩けば所々盛沢山
に祀られていました。
狐さん、亀さんが可愛いです。
どこから伺えばよいかキョロキョロしてい
たら、突然2羽の鳩が私の傍まで飛んでき
ました。
なんだか(こっちに来て)と言うような素
振りだったので、その鳩の後ろについてい
きました。続く・・・