

道の駅 龍神
道の駅まで「龍神」という何前。
村の規模の割には結構大きな道の駅。
お土産物も豊富に並んでいました。
ちょうど向こう側にある皆瀬神社へ
行く予定だったから、ここから行ける
んではないかと渡ってみることに。
村の規模の割には結構大きな道の駅。
お土産物も豊富に並んでいました。

ちょうど向こう側にある皆瀬神社へ
行く予定だったから、ここから行ける
んではないかと渡ってみることに。

霜が降りていてツルツル滑りました💦

反対側に到着。
神社がすぐ傍でした。

神社がすぐ傍でした。

道路を挟んだ神社の阪大側に手水舎
があります。
この水がとても清らかで冷たかった~
があります。
この水がとても清らかで冷たかった~

狛犬さんの前掛けがかわいい♡

こちらは八百万の神様が祀られて
いるそうです。
いるそうです。

主祭神 八幡大明神
ご挨拶をさせて頂き、昨日の能登地震
の被災者へのお見舞いと、早急な救助
がされることを祈りました。
また神社と龍神村の益々の発展をお祈
りし、光の柱を設定させて頂きました。
昨夜能登地震が発生した時は、
宿の温泉に入っている時でした。
遠くでドーンという音が聴こえ、一瞬
揺れたのです。
揺れは一瞬だったので、気付かない人
は全く気付かなかったと思います。
前々日からひどい頭痛がしていたので
嫌な予感はしていたのですが・・・。
癒しのワークや寄付をしてきましたが、
この復興の遅れに大きな闇が関わって
いるようです。
また、能登半島地震だけではなく、今
後は首都圏や千葉・茨城沖、南海トラ
フもいつ起きるか分からない状況なの
で、日頃の体調の変化がサインの場合
もありますから、十分意識しておいた
方がいいでしょう。
ご挨拶をさせて頂き、昨日の能登地震
の被災者へのお見舞いと、早急な救助
がされることを祈りました。
また神社と龍神村の益々の発展をお祈
りし、光の柱を設定させて頂きました。
昨夜能登地震が発生した時は、
宿の温泉に入っている時でした。
遠くでドーンという音が聴こえ、一瞬
揺れたのです。
揺れは一瞬だったので、気付かない人
は全く気付かなかったと思います。
前々日からひどい頭痛がしていたので
嫌な予感はしていたのですが・・・。
癒しのワークや寄付をしてきましたが、
この復興の遅れに大きな闇が関わって
いるようです。
また、能登半島地震だけではなく、今
後は首都圏や千葉・茨城沖、南海トラ
フもいつ起きるか分からない状況なの
で、日頃の体調の変化がサインの場合
もありますから、十分意識しておいた
方がいいでしょう。


帰りも吊り橋を渡って道の駅に停めた
駐車場へ戻りました。
駐車場へ戻りました。
おまけ
今回宿泊した宿は「料理旅館 萬屋さん」
ご主人が「龍神」というお名前で(キター!
って感じでしたが)なんと、皆瀬神社の守り
役をされているとか。
これはご本人かた聞いたわけではないです
が、後で調べていたところ龍神家の始祖は
12世紀末に龍神村に落ち延びた源頼氏で龍神
正直の御子孫と言われています。
龍は見えないけど、不思議な体験はあった
とお話ししてくださいました。
「料理旅館 萬屋さん」は川沿いにあり、リー
ズナブルでご夫婦お二人で一生懸命宿を支えて
います。殆どお客さんと会うことなく、ゆっ
くり温泉に入れるという口コミからこちらに
したのですが、本当に他のお客さんと会う
ことがなく温泉に入れ、夕食も別のお部屋
で頂きました。(朝食だけは会場)
その温泉がちょうどといい湯で龍が沢山
現れたので、機会がある方は是非利用して
みてください。
この地を支配した龍神正直によって勧請され
、正直の子正氏が社殿を造営したと云われる。
明治42年(1909年)、神社合祀令により
村中の37社(殿垣内・小又川・三ツ又の村社
を含む)を合祀。大正13年(1924年)、
社殿の改修を行って現在に至る。
社務所:有るが開いていなかった
トイレ:無し
、正直の子正氏が社殿を造営したと云われる。
明治42年(1909年)、神社合祀令により
村中の37社(殿垣内・小又川・三ツ又の村社
を含む)を合祀。大正13年(1924年)、
社殿の改修を行って現在に至る。
社務所:有るが開いていなかった
トイレ:無し
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