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芝大神宮の狛犬

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芝大神宮

昨日掲載しました「増上寺」の前にこちら

に伺っていました。

増上寺から近く、都営浅草線「大門駅」

からも駅近でアクセスが便利です。

 

伊勢神宮の分社である「芝大神宮」

 

御祭神

天照大御神(内宮)

豊受大神(外宮)

相殿に源頼朝公と徳川家康公が祀られています。

 

こちらの桜(左エ)も既に目を引く程に

咲いていましたよ。

 

階段を上ったところに狛犬さんがおりまし

たが、真っ先に左手の狛犬さんに視線がい

きました。

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左【吽形(うんぎょう)】

 

神社に配置された狛犬は通常、

右側に口を開けた【阿形(あぎょう)】

左側に口を閉じた【吽形(うんぎょう)】

が一般的ですが、どう見ても口を開けて

いるように見えてしまう・・・。

そして有角。

しかし、この角、色と質から見ても後から

創作されたとしか言いようがない感じです。

(後で調べた所、元々は短い角だった

ようです)

 

ということで、本日は狛犬の雑学というか

歴史について以下に記事にしてみました。

 

狛犬はどこから来た?>

狛犬古代オリエント地方よりシルクロード

を渡り朝鮮半島の高麗から大和朝廷時代に

渡来したと言われています。

 

狛犬の役割>

宮中で御簾や几帳の前に置かれた金属製の

調度品だったそうですが、次第に神社やお

寺等に魔除けとして一対で配置されるよう

になりました。

 

<両方とも狛犬ではない!?>

奈良時代は二頭とも獅子だったのが、平安時代

のはじめに「獅子」と「狛犬」となった模様。

 

元々中国に渡った時は角は無かったようです。

中国から日本に唐獅子が伝えられた際に、一方は

中国の霊獣である獅子(またはインドで守護獣

として置かれたライオン(獅子))

一方は「異国の獣」であり想像上の動物である狛犬

とされました。

 

中国の想像上の怪獣「カイチ」(Wikipedia)という

ものから来ているとも言われています。

(人の正邪を見分け邪悪を祓うものとされていた)

 

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仲良さげなミニ猪とミニ吽行

<阿形と吽形の違い>
「阿形」はメスの獅子でたれ耳。子供の獅子

と一緒にいることが多い。

 

「吽形」はオスで角が生え、耳がピンと立
っており、玉や毬(フラワーオブライフ

描かれた)を持っているものが多い。

白磁の獅子狛犬は授与所にて(初穂料3,500円)

 

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右【阿形(あぎょう)】

 

こちらはこちらでぷっと(笑)が出てしまいました。

なんだか頭にコブというかおもちを焼いて

萎んた時のようなものが頭頂に置かれているので。

 

調べたところ、右側の阿形が獅子(宝珠)

左側の吽形が狛犬(角)のようです。

こちらの阿形の方がクルクルとした巻き毛

のようなタテガミがくっきり沢山

掘られていました。

(写真ではわかりづらいですが)

 

イスラエルでも右側は獅子、左側は角がある

一角獣とされていますね。

 

<阿・吽の口の開閉の意味>

サンスクリット語の「a-hum」から来ていて

「阿(a)」は、口を開けて息を吐きだすこと。
「吽(hūṃ)」は、息を吸って口を閉じること。

 

口を開けて始まり、口を閉じて終わる。

「阿吽」は「宇宙の万物の始めと終わり」

を意味しています。

ほかに(阿)を 真実や求道心に、

(吽)を智慧涅槃

という意味とされる場合もあります。

 
「阿吽の呼吸」の由来は吐く息と吸う息が

一緒のタイミングで、お互いの気持ちが一致

している状態で、お互い切り離せない一対の

ものの象徴されているようです。

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参拝の前に階段を上がって左手に手水舎があります。

お忘れなく・・・→私は無いと思って拝殿直行(;''∀'')

後で気付き、奥がちょっとした庭園になっていて風流でした。

 

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狛犬参考

http://guardianlions.blogspot.com/search/label/狛犬豆知識

 

芝大神宮HP


<由緒>

平安時代、寛弘二年(1005年)一条天皇

御代にて現在の芝公園のふもとにあった「飯倉御厨」

神明社が創建(創建地は現在の増上寺

明治5年官許により芝大神宮に改名。

「関東のお伊勢さま」として多くの人々から

崇敬されています。

江戸時代、境内で生じため組鳶と角力との争い

「め組の喧嘩」として歌舞伎に再三上演され

ました。